【新常識】イノベーションに導く 「ニューロ・ダイバーシティ」の考え方とは
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近年、多様性を尊重し受容する、D&I(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン)が企業に浸透してきた。しかし、女性や外国人など「多様性」が持つ意味は、まだまだ属性の縛りが色濃い。この状況を打破する可能性を秘めた新しい概念…
近年、多様性を尊重し受容する、D&I(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン)が企業に浸透してきた。しかし、女性や外国人など「多様性」が持つ意味は、まだまだ属性の縛りが色濃い。この状況を打破する可能性を秘めた新しい概念「ニューロ・ダイバーシティ」が、じわりと注目されはじめている。ニューロ・ダイバーシティとは、脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かそうとする考え方を指す。この考え方は日本企業の変革にどう寄与するのだろうか。ニューロ・ダイバーシティの浸透にも関連する研究を進めているという、千葉工業大学学長の伊藤穰一氏に聞いた。(後編はこちら)
伊藤 穰一(いとう・じょういち)
ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として、主に社会とテクノロジーの変革に取り組む。2011年から2019年までは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長に奉職。非営利団体クリエイティブコモンズの最高経営責任者のほか、ニューヨーク・タイムズ、ソニー、ナイト財団、マッカーサー財団、ICANN、Mozilla財団の取締役を歴任。現在は、千葉工業大学の学長を務めている。
平尾 譲二(ひらお・じょうじ)
AlphaDriveグループ執行役員 / POT Institute研究所長
東京工業大学工学部建築学科卒業。株式会社リクルートに入社し、じゃらんnetの集客戦略全般を担当して全社イノベーション賞を受賞。2011年に社内新規事業制度「NewRING(現Ring)」でグランプリを受賞。新規事業開発プログラム「Recruit Ventures」を立ち上げ、事務局長兼インキュベーションマネジャーとして風土醸成・案件募集から事業育成・人材育成までを統括。2018年8月、株式会社アルファドライブ取締役に就任。2019年11月、保有全株式を譲渡してユーザベースグループ入りし、NewsPicks for Businessの事業開発を兼任。
小谷 奉美(こたに・ともみ)
株式会社Seize The Day 代表取締役 / POT Institute 主席研究員
コロラド大学デンバー校ビジネス学部金融学科卒
インテル株式会社で社長補佐官として、役員と共に経営戦略、事業の方向性、コミュニケーション戦略の策定から発信まで一貫して取り組むなど幅広い責務を遂行。2016年に株式会社Seize The Dayを立ち上げ、これまでの豊富な職務経験を活かし、これまでにFortune500企業を含む世界20か国以上の企業において、200名を超える経営トップや役員にエグゼクティブ・コーチングを行い、さらにリーダーシップトレーナーとして、3000人以上のリーダーに対しマインドセット変革など、リーダー育成を行う。また、システムコーチングの手法を用い、グローバル企業の組織開発コンサルティングも手がけている。さらに、2021年よりPOTに参画し、主席研究員としても活動中。公認心理士として心理学の知見を活かしパーソナリティ心理学の研究を行う。人の特性や組織文化の評価に関するアセスメントの開発から製品化まで一貫して手がける。また、人材育成・組織開発への応用に向けた研究やプログラムの開発も行なっている。
(後半はこちら)
「当たり前」を疑おうニューロ・ダイバーシティで変わる価値観
平尾 POT Instituteでは、人と組織の変革に関する研究開発の一貫として、ニューロ・ダイバーシティを日本の組織に浸透させるためにはどうすれば良いのか考えています。伊藤さんはニューロ・ダイバーシティをどのようなものだと理解されていますか?
伊藤 ニューロ・ダイバーシティという言葉の誕生には諸説ありますが、僕は自閉スペクトラム症を中心とした当事者のアクティビズムの盛り上がりに比例して広まった概念だと理解しています。これまでは、ASD (自閉スペクトラム症)、ADHD (注意欠如・多動症)やLD(学習障害)など“脳や神経の多様性”を持つ人が社会で他の人と関わりやすくするため、「定型発達者に寄せた行動や振る舞いを身につけるためのセラピー」を施すパターンが根強かったように思います。
例えば、目線を合わせられない自閉スペクトラム症の子どもを、目線が合わせられるように訓練するたぐいのセラピーです。そうしたセラピーでは、人と目線を合わせることを「普通であり、信頼される振る舞い」と捉え、目線を合わせられたらお菓子などのご褒美を渡すんですね。そうすると何が起きるかというと、本人の自然な発達を無視して、「定型発達者のコミュニケーションパターンを無理やり再現する人」が生まれるわけです。

平尾 本人にとって自然なコミュニケーションの形ではなく、幼い頃からの訓練によって染み付いてしまうのですね。
伊藤 これによりアンハッピーになった当事者が、「われわれが社会に合わせるのではなく、社会もわれわれに合わせたほうがいいのではないか」「障害ではなく個性としてリスペクトするべきだ」と声を上げ、ソーシャルムーブメントにつながっていきました。また、DE&Iのムーブメントによって「多様性に富んだチームや社会の方が、強くてハッピーだとする論調」が主流となったことも、ニューロ・ダイバーシティのムーブメントを後押ししたのではないでしょうか。
このムーブメントは自閉スペクトラム症当事者のコミュニティを超えて、社会に広がりました。現在は、脳や神経は多様であり、個々の特性を尊重し、多様な学び方、多様な生活の仕方、多様な表現の仕方を包摂できる社会こそが「良い社会」であるという価値観に変わってきていると思います。
「標準的な人材」の育成は今の時代に合わないお利口さんを評価する日本企業の功罪
平尾 私が最初にニューロ・ダイバーシティの概念を知ったのは、学習障害に関する勉強会に参加したときのことです。そこで学んだのは、「地図が読めない」という特性を持った人でも、その特性に合わせて地図を工夫すれば、読めるようになるということです。こうした考え方は、企業の人材育成にも通じる重要なポイントだと感じています。一人ひとりの特性や活躍の仕方が異なることは前提として、多様な人材が活躍できる組織であればあるほど、企業価値が高まる世界にしたいなと。
伊藤 大切な観点だと思います。日本における「人の評価」は、学生時代から試験で一律に評価され、偏差値や社会的地位、資産などを軸に判断をしていく傾向にあります。この仕組みの弱点は、個々の特性を尊重する余地が少なくなることです。
一律に評価していく日本の仕組みは、標準化した製品を生み出すような産業革命後の社会モデルには適していたかもしれません。しかし、今やインターネットやAIが台頭し、社会モデル自体が変化しています。新しいテクノロジーを取り入れ、新たな価値を生み出すベンチャースピリットが必要な時代において、一律的な評価は個人の内在的な好奇心や動機を阻むことになりかねません。

小谷 私は2000年代からアメリカの企業に勤めていたのですが、当時はそこまで多様性は重視されていなかった感じがします。今はアメリカの企業もDE&Iやニューロ・ダイバーシティへの取り組みが進んで、評価の方法も変わっているんでしょうか。
伊藤 アメリカの方が日本より取り組みが進んでいるイメージはありますね。日本の文化では、上司の指示に従うことが「お利口さん」とされてきましたが、これからは個人の自発的な行動が組織を動かす時代です。ただ、日本の企業では空気を読むことができ、利他心があり、あまり目立たない人が成功する傾向があります。戦後の日本はメーカーの台頭でエンジニアなど手を動かす人たちが成功を収めましたが、その後、営業が組織の中心になると、日本特有の空気を読むスキルが評価されるようになりました。
これは日本に限ったことではありませんが、少なくともアメリカのテック企業は多様性と包摂性を重視する傾向があります。世界中から様々な人々が集まり、文化も多様で複雑です。それに対して、日本は「はみ出しにくい」空気があると思います。輪を乱さないことや、他人に迷惑をかけないことが文化的に根付いているため、「変わった人は輪から少し離れたところに居てもらおう」と、ニューロ・ダイバーシティなどのの包摂性とは逆の考え方になってしまうのではないでしょうか。
「型破り」な人が活躍できる企業にニューロ・ダイバーシティ推進の第一歩
小谷 日本企業でニューロ・ダイバーシティを推進していくにはどうすればいいでしょうか?
伊藤 どこから始めれば良いのか、僕も分からないのですが、コミュニティをつくることは一つの手ではないでしょうか。まずは、ニューロ・ダイバーシティの考え方に共感するコミュニティを形成し、そのコミュニティに集う仲間で新しい文化をつくる。そこに賛同する人たちのアイデアを吸収しながらムーブメントを生み出すことができれば、企業文化も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
数年前まで、LGBTQも企業文化の文脈で話題になっていませんでしたが、最近になってディスカッションが活発になりました。コミュニティづくりは大変ですが、日本はムーブメントが起こると変化するのが早いですよね。
平尾 企業にそうしたコミュニティが生まれるためにも、空気を読むという価値観をリセットして、あえて空気を読まない価値観を身につけることも必要ではないでしょうか。POTでは企業向けに、変革人材の特徴をリスト化した資料があります。伊藤先生が定義されたような「お利口さん」ではなく、「好き勝手やる変な人」を育てるための参考にしてもらっています。
新規事業など先々の成功が見えにくいチャレンジをするとき、「お利口さん」は諦めるスピードがとても速いんですよね。一方、好き勝手やる人は、内在的なモチベーションに突き動かされて行動するので、粘り強くチャレンジします。一般的な企業の評価軸ですと、「好き勝手やる変な人」はあまり評価されないのですが、POTではその当たり前を変えることを後押ししています。

伊藤 面白いですね。能と歌舞伎のように、社会はミニマルとマキシマルが共存し、バランスを取っていますよね。大局から見ると、どちらかに振り切れてしまうことがあるけれど、昔から型破りな人は必ずいるわけです。そのような「変わり者」を評価することは、ニューロ・ダイバーシティに光が当たっている時代の企業に求められることではないでしょうか。
本記事は、POT Instituteの取材に基づくものです。
POT Instituteは、変革人材が持つ資質を研究している組織で、ビジネスパーソンの資質を可視化するアセスメント開発などを行っています。
お問い合わせはjinzai@alphadrive.co.jpまで。
「ニューロ・ダイバーシティ」の考え方