日本人が幸せに働けない理由と、その処方箋

日本人が幸せに働けない理由と、その処方箋

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デジタル化やグローバル化が進むほどに、「日本人は本当に幸せに働けているのか」という問いは重みを増している一方で、豊かさは手に入れたはずなのに、職場で幸せやウェルビーイングを語ることには、どこか照れや抵抗がつきまとう。幸福…

デジタル化やグローバル化が進むほどに、「日本人は本当に幸せに働けているのか」という問いは重みを増している一方で、豊かさは手に入れたはずなのに、職場で幸せやウェルビーイングを語ることには、どこか照れや抵抗がつきまとう。
幸福学の第一人者・前野隆司氏は、日本の組織にはやらされ感、本音の言えなさ、分断と寛容性の低さといった構造的な課題があり、それが創造性と生産性を大きく下げていると指摘する。個人のメンタル面の対処法にとどまらず、日本社会や文化、組織のあり方そのものに目を向けながら、日本のウェルビーイングの現在地を紐解いていく。

前野 隆司(まえの・たかし)

東京工業大学(現東京科学大学)工学部機械工学科卒業。東京工業大学(現東京科学大学)大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。博士(工学)。
キヤノン株式会社に勤務後、慶應義塾大学理工学部機械工学科教授、慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を経て、2024年4月よりウェルビーイング学部ウェルビーイング学科 教授。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。
著書に『幸せに働くための30の習慣』(2023年)、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年)、『幸せのメカニズム―実践・幸福学入門』(2013年)など多数。

平尾 譲二(AlphaDriveグループ執行役員・POT Institute研究所長)

東京工業大学工学部建築学科卒業。株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)に入社後、インターネットマーケティング局においてSEO・SEMの全社エバンジェリストを務めたのち、じゃらんnetの集客戦略全般を担当して全社イノベーション賞を受賞。2011年に社内新規事業制度「NewRING(現Ring)」でグランプリを受賞後、一貫して新規事業開発に携わる。新規事業開発プログラム「Recruit Ventures」を立ち上げ、事務局長兼インキュベーションマネジャーとして風土醸成・案件募集から事業育成・人材育成までを統括。約2000のエントリープロジェクト、約60チームの事業検証に携わり、事業開発と事業開発人材としてのスキルアップの両面を支援。一貫して新しい価値の創造、特に再現性の高い仕組みづくりに取り組んだ経験をベースとして、2018年8月、株式会社アルファドライブ取締役に就任。2019年11月、保有全株式を譲渡してユーザベースグループ入りし、NewsPicks for Businessの事業開発を兼任。2023年1月より、AlphaDrive/NewsPicks 専門役員 POT Institute 研究所長に就任。

小谷 奉美(POT Institute 主席研究員)

株式会社Seize The Day 代表取締役 / POT Institute 主席研究員
コロラド大学デンバー校ビジネス学部金融学科卒
インテル株式会社で社長補佐官として、役員と共に経営戦略、事業の方向性、コミュニケーション戦略の策定から発信まで一貫して取り組むなど幅広い責務を遂行。2016年に株式会社Seize The Dayを立ち上げ、これまでの豊富な職務経験を活かし、これまでにFortune500企業を含む世界20か国以上の企業において、200名を超える経営トップや役員にエグゼクティブ・コーチングを行い、さらにリーダーシップトレーナーとして、3000人以上のリーダーに対しマインドセット変革など、リーダー育成を行う。また、システムコーチングの手法を用い、グローバル企業の組織開発コンサルティングも手がけている。さらに、2021年よりPOTに参画し、主席研究員としても活動中。公認心理士として心理学の知見を活かしパーソナリティ心理学の研究を行う。人の特性や組織文化の評価に関するアセスメントの開発から製品化まで一貫して手がける。また、人材育成・組織開発への応用に向けた研究やプログラムの開発も行なっている。

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幸せは成果の“ご褒美”じゃない

ウェルビーイングが生産性と創造性を押し上げる

**平尾:**今日は、“個人の幸せ”だけでなく、日本社会や組織文化といった大きな枠組みから、いまの日本の幸福について伺いたいと思います。前野先生から見て、日本では“幸福”が現在どのように捉えられているとお考えですか。

**前野:**そうですね。経済的には豊かになったはずなのに、「自分は幸せだ」と素直に言いにくい空気が、日本にはまだあるように感じます。

幸福学の研究では、幸せな人は創造性が約3倍高く、生産性も3割ほど高いというデータが出ています。幸せだからこそ新しいアイデアが生まれ、仕事のパフォーマンスも上がる。逆にいうと、「幸福なんて仕事と関係ない」と切り離してしまうと、それだけでイノベーションの種をつぶしているとも言えるんです。

ウェルビーイングという言葉は、「ただ楽しい」ということとは少し違います。身体的に健康で、心の状態がよく、人間関係やチームの雰囲気も良い——この身体・心・関係性がそろっている状態を指します。どれかひとつだけ良くても、他がボロボロだと、結局パフォーマンスは発揮されません。

**小谷:**たしかに、現場で「幸せ」や「ウェルビーイング」という言葉を口にすると、少し照れくさそうにされる場面があります。「そんなことよりKPIだよね」と言われてしまう感覚というか…。

**前野:**そうですね、まだそういう反応はありますよね。でも、本当はその「そんなことより」という部分で切り捨ててきたものの中に、創造性や生産性の源泉がある。そこに気づいて、「幸福」をちゃんと経営や組織づくりのテーマとして扱い始めた会社は、着実に成果も出しています。だからこそ、いま改めて「日本の幸福」を問い直さないといけない時期に来ていると感じます。

同じ“心理的安全性”でも中身が違う

日本と欧米のコミュニケーションギャップ

**平尾:**心理的安全性という言葉も、ここ数年で一気に広まりました。ただ、日本で語られる心理的安全性は、欧米のそれとは少し違うのではないか、と感じることがあります。文化の違いという観点から、どう見ていらっしゃいますか。

**前野:**おっしゃる通りで、日本と欧米では、そもそもコミュニケーションの前提が違うんですよね。欧米はローコンテクスト文化と言われていて、ダイレクトに話すのが基本です。初対面でもすぐにフレンドリーに話し、「広く浅い人間関係」がたくさんできる。一方で、プライベートな領域にはあまり踏み込みすぎない、という距離感もあります。

日本はその逆で、典型的なハイコンテクスト文化です。空気を読み、行間を読み、「察する」ことが求められる。仲良くなるまでに時間はかかるけれど、一度「仲間」になれば、どっぷりと深くつながる——そんな「深く狭い関係」が多い社会です。

**小谷:**私も、フィードバックや本音の議論の話になると、アメリカの方から「日本人は言いたくもないし、受け取りたくもないんだよね」と言われたことがあって。ああ、たしかにそういうところがあるなと…。

**前野:**まさにそこに文化の違いが出ています。欧米では、フィードバックを言うことも言われることも、ある程度「仕事のうち」として割り切られている。一方で日本では、指摘された側もする側も、お互いにかなり気を使う。

そこで鍵になるのが自己開示です。特にリーダーが、自分の失敗談や弱みを先にさらけ出せるかどうか。「お前ら失敗するなよ」と言うリーダーのもとでは、部下は失敗を隠すようになります。逆に、「自分もこんな失敗をしたことがあるんだよ」と話せるリーダーのもとでは、部下も「じゃあ自分も正直に話していいんだ」と感じやすい。

日本では、文化や関係性の特徴を踏まえた日本独特の心理的安全性のあり方を考える必要があると感じています。

やらされ感と分断が組織をむしばむ

「不幸な職場」の共通点とは

**小谷:**先生は、日本の組織が抱える“幸福の阻害要因”についても多く語られています。不幸な職場には、どんな共通点があるのでしょうか。

**前野:**ざっくり言うと、「やる気がない・つながりがない・チャレンジがない・個性がない」この四つがそろってしまっている組織は、かなり危険ですね。

まず、やる気がない。上から言われたことだけを「やらされ感」でこなしている状態だと、本人も苦しいし、当然ながら成果も出にくい。つながりがない、というのは、人間関係がギスギスしていて、信頼関係が育っていない状態です。上司や同僚を尊敬できない、相談できない、という職場では、心理的安全性など生まれません。チャレンジがない。失敗を恐れて新しいことを試さない文化では、イノベーションも学びも起きない。そして個性がない。コンピテンシーや評価項目に「はまる」ことだけが良しとされ、本来の得意やクセを抑え込んでしまう。

平尾:「優秀人材のテンプレ」に全員が寄せられてしまうようなイメージですね。

**前野:**そうですね。しかも厄介なのは、こうした不幸な状態が伝染しやすいということです。一方で、幸せもまた伝染します。だからこそ、ウェルビーイングは「個人の内側の問題」ではなく、場のあり方や文化の問題として捉える必要があります。

今は、分断や孤立が進むなかで、寂しさや怒りが攻撃性として表に出てしまうこともある。文化や言葉、そして組織のあり方を少しずつ見直していくことが、日本のウェルビーイングを高めるうえで大切なことだと思います。

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